ドル円が長期的な円安トレンドを維持する中で、「安くなるまで待つ」戦略を取るのが難しい時期が続いています。
その最大の理由は、スワップポイント(=金利差による支払い)です。
たとえば、円高を待ってドル売りポジションを長期間持つと、日々のスワップ支払いが積み重なり、気づけば数万円単位のコストになることもあります。
しかし、実はスワップがほとんど発生しない通貨ペアを使えば、「時間を味方につけてじっくり待つ」という投資スタイルも可能なのです。
本稿では今まで提唱されてきた長期トレードとはまた違った形での投資形態を解説していきます。
スワップポイントを“狙う”か、“避ける”か
FXでは、スワップポイント(金利差)を利益として狙う長期運用がよく知られています。
たとえば、トルコリラ円(TRY/JPY)やメキシコペソ円(MXN/JPY)のような高金利通貨を買って、
毎日のスワップを受け取りながら長期保有する、いわゆる「スワップ運用型」の資産形成です。
一方で、スワップポイントがほとんど発生しない通貨ペアも、実は“長期保有に向いている”という見方ができます。
スワップがほぼゼロ、もしくはごく小さいということは、「時間をかけて値動きを待ってもコストがほとんど発生しない」ということです。
ドル円のようにスワップ支払いが大きい通貨ペアでは、「下がるまで待つ」戦略を取るほど日々のコストに苦しみます。
しかし、スイスフラン円(CHF/JPY)やユーロスイス(EUR/CHF)のような低金利×低金利の組み合わせであれば、保有コストを気にせず、相場の反転をじっくり待つことができるのです。
スワップポイントとは何か
スワップポイントとは、2つの通貨間にある金利差の調整額のことです。
金利が高い通貨を買えばプラス、低い通貨を買えばマイナスになります。
例として、主要な通貨ペアを比較すると次のようになります。
| 通貨ペア | 売りスワップ | 買いスワップ | 備考 |
|---|---|---|---|
| USD/JPY | -100円前後 | +50円前後 | 円安方向にプラス |
| TRY/JPY | -500円前後 | +300円前後 | 高金利通貨特有 |
| CHF/JPY | ±数円程度 | ±数円程度 | 金利差が小さい |
スワップ差が小さい通貨ペアは、長期保有における「時間コスト」が極めて小さいのが特徴です。
長期トレードにおける「時間コスト」との戦い
長期トレードで最も厄介なのは、「時間そのものがコストになる」という点です。
相場が思惑通りに動かない期間が長くなるほど、メンタル・資金・機会損失の三重苦に陥りやすくなります。
1. メンタルコスト
人はポジションを持った瞬間から、「今どうなっているか」が気になるものです。
数日、数週間、あるいは数か月間動かない相場を前に、
「本当に戻るのか」
「このまま上がり続けたらどうしよう」
と疑心暗鬼になるのです。
この“待つ不安”が、長期トレードを難しくしています。
しかしスワップ負担がほとんどない通貨ペアであれば、“待つこと自体にコストがかからない”ため、心理的な余裕が生まれます。
焦りによる誤った損切りを防ぐという意味でも、これは非常に大きな利点です。
2. 資金コスト
もうひとつの時間コストは、「資金の拘束」です。
長期ポジションは証拠金を固定化するため、他のチャンスに資金を回せません。
この機会損失が、実質的なコストになります。
ただし、スワップが低い通貨ペアを選ぶことで、“資金を寝かせることに対する日々の目減り”を最小限に抑えることができます。
これは、長期でポジションを保有するうえで非常に重要なポイントです。
また、長期保有を前提とするなら、
「1ポジションに全力を注がない」
「ロットを分割して持つ」
といった資金配分の柔軟性も必要になります。
これにより、想定より長く保有しても、資金面のストレスを軽減できるのです。
3. 分析コスト
短期トレードでは日々のチャート分析が欠かせませんが、長期トレードではむしろ“分析しすぎ”が判断ミスを生みます。
日々の値動きではなく、週足・月足レベルのトレンドや金利・地政学といったマクロ要因を見ることが、正しい「時間の使い方」です。
スワップコストが小さい通貨ペアを選べば、頻繁にポジションを見直す必要がなく、
「分析頻度を減らせる=時間を節約できる」という副次的なメリットもあります。
今注目されている「ほったらかし投資」に近い状態で、FXを行えるのです。
長期トレードの“時間コスト”とは、単なるスワップだけでなく、メンタル・資金・分析という3つの側面を含みます。
スワップが小さい通貨ペアを選ぶことは、単に「待てる」だけでなく、「安心して長期を設計できる」ための土台づくりでもあるのです。
地政学・株価と絡めた視点
長期トレードを考えるうえで、為替レートだけを見ても全体像はつかめません。
為替は「金利」や「景気」だけでなく、地政学リスクや株式市場の動き、政策の方向性と密接に結びついています。
これらの要素を理解することで、「どの通貨が強くなり、どの通貨が売られるのか」という流れをより立体的に読むことができるのです。
① 地政学リスクと“安全通貨”の関係
地政学的な不安が高まると、世界の投資資金はリスクを避けて安全資産へ退避します。
このとき注目されるのが、「スイスフラン(CHF)と日本円(JPY)」です。
スイスは永世中立国としての政治的安定と堅実な金融システムを持ち、円は経常黒字国であり、外貨準備の規模も大きいため「リスクオフの避難先」として買われやすくなります。
たとえば、
- 中東や東欧での地政学的緊張が高まる
- 海外株が急落し、リスク資産からの逃避が起こる
こうした局面では、CHFやJPYが上昇しやすくなります。
逆に、世界が安定し投資家がリスクを取りやすい時期には、これらの通貨は売られ、資金は高金利通貨(米ドル、豪ドルなど)へ向かうのです。
② 株式市場との連動性
為替と株価の関係は、リスクオン/リスクオフという投資行動の反映でもあります。
- 世界株高局面では、投資家はリスクを取りに行くため、新興国通貨や高金利通貨に資金が流れやすく、円やフランは売られがちです。
- 株安局面になると、安全資産としての円・フランに資金が戻り、ドルや他通貨に対して強含みます。
特に日本の場合、株価の下落は「リスク回避 → 円買い戻し」につながる傾向が強く、長期投資では株価のトレンドを通貨強弱の先行指標として活用することができるのです。
マクロ環境を“高金利通貨ペア”だけでなく“低金利ペア”にも当てはめる
地政学、株価、政策金利――これらは為替の大きな流れを形づくる「背景の力」です。
多くの投資家はこれを高金利通貨との組み合わせで考えがちですが、
実際には、低金利通貨同士のペア(例:CHF/JPY、EUR/CHFなど)でも同じ理屈が働きます。
たとえば、地政学リスクが高まるとスイスフランが選好され、円が一時的に売られる。
逆に、株価上昇や政策安定でリスク選好が戻れば、円が買い戻される。
つまり、低金利同士でも「どちらがより安全視されるか」「どちらの政策が緩いか」で通貨の強弱が変わるのです。
高金利通貨ペアの金利差だけに注目せず、こうしたマクロ環境の変化を“相対的な安全度”として読むことで、低金利通貨同士の動きも長期的に予測しやすくなります。
スワップが小さい通貨ペアこそ、こうした「通貨間の力関係」や「国際的な安全需要」を丁寧に読む長期投資の舞台に向いていると言えるでしょう。
実践チェックリスト
長期保有型のポジションを取る前に、次の5点を確認しておきましょう。
| チェック項目 | 内容 |
|---|---|
| ① スワップ水準 | 通貨ペアごとの売買スワップを確認する |
| ② ファンダメンタルズ | 金利・物価・地政学リスクを総合的に分析する |
| ③ テクニカル位置 | 週足・月足で割高/割安を把握する |
| ④ ロット管理 | 1ポジションで資金を圧迫しない |
| ⑤ 手仕舞い条件 | 「どんな条件で撤退するか」を事前に決めておく |
ケーススタディ:スイスフラン円(CHF/JPY)
2024年から2025年にかけて、CHF/JPYは180円台から190円台まで上昇しました。
スイスの安定性や円安の継続が背景にあります。
しかし今後、
- 日銀が利上げへと舵を切る
- 世界的に金利引き下げが進む
といった環境が整えば、スイスフラン高が一服し、円高への修正が起こる可能性も高いのです。
その局面を狙って、スワップ負担の少ないCHF/JPYの売りポジションを長期保有する。
そんな「コストを抑えた待ちの投資」も戦略の一つになるのです。
まとめ:時間を「敵」ではなく「味方」にする
FXでは「ポジションを持たない時間=機会損失」と考えがちですが、長期投資では、“待つ時間”こそが最大の武器になります。
スワップ負担が小さい通貨ペアなら、時間をかけて相場が戻るのを待つことができ、焦らず冷静に判断することも可能です。
もちろん、為替相場に絶対はありません。
しかし、「スワップで稼ぐ」だけでなく、「スワップを抑えて待つ」という発想を持てば、長期的な投資の幅がぐっと広がるはずです。
