プロテリアル(旧・日立金属)― 南鳥島レアアース泥が示す「日本の素材産業の再中核」

2026年、日本最東端・南鳥島沖で、日本の資源政策の歴史を変えうる国家プロジェクトが始まろうとしています。
海底5,000メートルから引き上げる「レアアース泥(希土類を高濃度で含む堆積物)」の実証採掘です。

レアアースは、EVモーター、風力発電、半導体装置、ロボット、家電など、多くの先端産業に不可欠な“戦略鉱物”なのですが、その供給の大部分は中国に偏在しており、各国は「安全保障」として重要鉱物の確保に動き出しています。

それら日本のレアアース戦略の「最終工程」に位置する重要メーカーこそが、プロテリアル株式会社(旧・日立金属) です。
住友金属鉱山(上流:採掘・精錬)や双日(商流:調達・契約)と並び、プロテリアルは**レアアースを“実際の部品・製品として産業に落とし込む役割”**を担う、極めて重要な存在に位置します。

本稿では、プロテリアルとはどんな企業なのか、なぜ非上場なのに注目度が高いのか、そして南鳥島レアアース泥との関係まで、投資家・政策目線で整理していきます。

南鳥島レアアース泥とは ― 日本経済の「潜在資源」

南鳥島沖の排他的経済水域(EEZ)内には、世界的にも稀な高濃度のレアアース泥(REY泥)が存在します。含まれる元素には、

  • イットリウム(Y)
  • ジスプロシウム(Dy)
  • テルビウム(Tb)

などの重希土類が含まれているのです。
これらはEVモーターや高効率産業用モーターの性能を大きく左右する重要材料とされています。

2026年1月から試掘、2030年前後に商業化というロードマップが描かれていますが、課題は多いです。

  • 深海採掘のコスト
  • 泥の分離・精製の難度
  • 輸送・流通のコスト
  • 環境負荷の管理

これらの課題を解決し、泥から“使えるレアアース”に変えるためには、採掘・商流・製造の三者が連動する必要があります。
その「最後の工程」を担うのが、プロテリアルです。

プロテリアル(旧 日立金属)とはどんな企業か

プロテリアルは、日立製作所の金属・磁性材料部門がルーツの高機能素材メーカーで、

  • 特殊鋼
  • 磁性材料(ネオジム磁石・フェライト磁石)
  • 電子材料
  • インフラ配管部材

など、日本の製造業の“基盤部品”を広く手がけてきました。

特に同社のネオジム焼結磁石 NEOMAX® は世界的にも高シェアで、EV・産業機器・ロボット・家電などあらゆる分野のモーターに採用されています。

2022年に日立グループを離脱し、英ベインキャピタルを中心とした投資ファンド傘下へ移行、2023年に社名を Proterial に変更し、「第二の独立」として再出発しました。

しかし事業の中身は依然として**“日立の金属・素材技術”を継承する国産コア企業**と目されています。

なぜ非上場なのにここまで注目されるのか?

なぜプロテリアルは非上場なのにここまで注目されるのか?
その答えは、プロテリアルが「株価」ではなく、日本の産業構造と経済安全保障のど真ん中に位置しているからです。

EVモーターに欠かせないレアアース磁石の供給、対中国依存を下げるサプライチェーンの再構築、そして重希土フリー磁石という世界的なゲームチェンジ――この3つの点で、同社は“見えないインフラ”としての存在感を強めています。

以下では、
1)日本のレアアース磁石産業における中核プレーヤーであること、
2)経済安全保障政策の中心テーマと直結していること、
3)重希土フリー磁石という「世界の本丸」に迫っていること、
という3つの切り口から、その理由を整理していきます。

① 日本のレアアース磁石産業を支える“中核プレーヤー”だから

レアアース磁石は、EVの心臓部であるモーターに欠かせません。
そして日本国内でEVグレードのネオジム磁石を大規模かつ高品質で製造できる企業は、実質的にごく限られています。

  • トヨタ・ホンダ・日産
  • パナソニック
  • 三菱電機
  • ダイキン
  • 産業機器メーカー各社

こうした大手のサプライチェーンを支える存在がプロテリアルであり、**日本の製造業の“基盤インフラ”**とみなされています。

非上場であっても、産業界と政策サイドからの注目度は極めて高いのです。

② 経済安全保障(経産省政策)の中心テーマと直接リンクしている

日本政府は2024年以来、「重要鉱物の確保」「レアアース依存の低減」を政策の柱としています。
その背景には、

  • レアアースの精製の8〜9割が中国で行われている
  • Dy/Tbなどの重希土類は事実上中国依存
  • EV需要拡大で世界的に供給不足が確実視

といった構造問題があります。

こうした中で、プロテリアルは

「レアアースを最終的な“製品”にする技術を持つ企業」
として、政策上の重要性が非常に高いのです。

もし日本近海でレアアース泥を安定供給できるようになれば、プロテリアルはその磁石・モーター産業の最終工程として不可欠となります。

③ 重希土フリー磁石という“世界の本丸”に迫っているから

プロテリアルの存在が世界から注目されている最大の理由がこれです。

2025年、同社は Dy/Tbなどの重希土類を一切使わないネオジム焼結磁石(NMX™-F1SH-HF / NMX™-G1NH-HF)を発表しました。

これは、

  • EVモーター用磁石で重希土ゼロ
  • 中国産重希土の価格変動リスクが消失
  • 資源安全保障の根幹を揺るがす技術

という重要かつ大きな意味を持ちます。

レアアース市場に詳しい研究者は、これを

「磁石産業の完全非中国化の突破口になり得る」

と評価しているのです。

これが非上場企業であっても、この技術だけで政策的な存在感が非常に大きい理由となります。

プロテリアルの会社概要

プロテリアルの主要事業領域

分類内容
磁性材料ネオジム焼結磁石(NEOMAX)、フェライト磁石。EV・産業モーター向け。
特殊鋼自動車・航空機・産業機器向けの高機能鋼材。
電子材料半導体製造装置、パワエレ向け部材。
インフラ・配管機器建設・水道・産業向けの継手・バルブなど。

特に磁性材料は、収益性が高く、かつ世界的に需要が急拡大している領域です。

財務・業績(概要)

非上場化に伴い開示は限定的ですが、公開資料からは以下が読み取れます。

  • 売上規模:約9,000億〜1兆円
  • 営業利益率:7〜9%(素材メーカーとして高水準)
  • 主要利益源:磁性材料、特殊鋼
  • 海外売上比率:約60%

EV化の波に乗る“高収益素材メーカー”としての位置づけに変わりはありません。

省レアアース・重希土削減技術を深掘りする

レアアース磁石は、単に「希少な材料を使う精密パーツ」ではありません。
その性能は、結晶の大きさ・粒の境界の化学組成・添加元素の拡散のさせ方など、ナノレベルでの素材設計に左右されます。

プロテリアルは、旧・日立金属時代から世界トップクラスの磁性材料メーカーとして知られ、
「レアアースをさらに効率よく使う」「レアアースがなくても性能を出す」という二つの方向から技術革新を続けてきました。

ここでは、同社が持つ三つの核となる技術を詳しく見ていきます。

① 粒界拡散技術(Dy/Tb節約の核心)― “必要な場所だけ”に重希土を入れる発想

ネオジム焼結磁石(Nd-Fe-B磁石)は、
高温で磁力を保つためにDy(ジスプロシウム)やTb(テルビウム)を混ぜます。

しかし課題があります。

  • Dy/Tbは希少で高価
  • 世界の供給がほぼ中国依存
  • 価格が乱高下し、産業リスクに直結

この課題を根本から解決したのが、プロテリアルが得意とする**「粒界拡散(GBD:Grain Boundary Diffusion)技術」**です。

■ 粒界拡散技術とは何か?

従来の磁石は「粒子そのもの」にDy/Tbを混ぜていました。
しかしプロテリアルは発想を完全に変え、以下の手法を取ります。

Dy/Tbを磁石の“表面にだけ”塗布する

  ↓

焼結(加熱)すると、Dy/Tbが粒界“だけ”に浸透する

  ↓

結晶粒の中心部にはDy/Tbを入れなくても、同等の耐熱性を確保できる

つまり、

「必要な部分にだけ重希土を配置し、性能を最大化する技術」

です。

■ 効果は?

  • Dy/Tb使用量を 50〜70%削減
  • EVモーター用の耐熱性能(120〜180℃)を維持
  • コスト・供給リスクの大幅低減
  • 高性能磁石の量産安定性が向上

世界的に見てもプロテリアルはこの分野で最先端に位置し、レアアース依存構造を軽減する決定的な一手となっています。

② 重希土フリー磁石(Heavy Rare Earth Free)― “Dy/Tbゼロ”への挑戦

粒界拡散の次のステージは、「そもそもDy/Tbを使わない」磁石です。

プロテリアルは2025年に以下の二つの磁石を発表しました。

  • NMX™-F1SH-HF
  • NMX™-G1NH-HF

これらは 完全な“重希土フリー”ネオジム焼結磁石(Dy/Tbゼロ)という点で、世界的にも大きな注目を集めています。

■ なぜ重希土ゼロが凄いのか?

  • Dy/Tbは希少で高価
  • 中国依存が極端に高い
  • EV需要増で世界的に奪い合いが発生する領域
  • 各国が「脱・中国」を目指す中心テーマ

つまり、重希土を使わずにEVモーター級の磁石を作れれば、
日本の電動車サプライチェーンが中国依存から大幅に開放される という意味があります。

■ 技術の核心 ― ナノ構造最適化

重希土フリー磁石は、「Dy/Tbなしでは性能が出ない」という常識を壊した技術です。
その実現には、以下の複数技術が同時に必要になります。

● 1. 結晶粒の超微細化

結晶粒を極限まで小さく(ナノスケール)することで、
熱による磁力低下を抑える効果が高まります。

● 2. 粒界相(結晶のつなぎ目)の化学最適化

磁石は「粒」と「粒界」で性質が変わります。
粒界の元素比率を精密に調整することで、高温での保磁力を引き上げます。

● 3. 元素置換(Nd以外の希土類・遷移金属を追加)

Ndの一部を:

  • La(ランタン)
  • Ce(セリウム)
  • Co(コバルト)
    などに置き換えることで、「Dy/Tbなしでも性能が落ちにくい結晶構造」を実現できます。

■ 実用レベルは?

重希土フリー磁石はまだ“初期世代”ですが、すでに以下を達成しています。

  • EVモーターを視野に入れた耐熱性能
  • 一部産業用モーターでは十分代替可能
  • コスト安定性は従来より大幅に改善

世界的に見ても、重希土ゼロでここまでの性能を出している企業はごく少なく、
プロテリアルは世界の先頭集団 と言えます。

③ レアアース不使用モーターの提案 ― “磁石を変える”のではなく“モーター設計を変える”

プロテリアルのアプローチは、「高性能磁石を作る」だけでは終わりません。

もう一つの方向性として、

「そもそもレアアース磁石を使わないモーターを実現する」

という設計思想があります。

■ なぜそんなことが必要?

  • EV市場が急拡大 → レアアース需要が爆発的に増える
  • 安価なEVや軽EVはコスト競争が激しい
  • Dy/Tbの使用をゼロにしたいゾーンが確実に存在する

そこでプロテリアルは、二つの解決策を提示しています。

● 1. 高性能フェライト磁石を使ったモーター

フェライト磁石は安価で供給安定性が高い素材ですが、磁力が弱いという弱点があります。
しかしプロテリアルは、以下により性能を引き上げています。

  • フェライト磁石の結晶制御
  • モーター構造の最適化
  • 磁気回路設計の改良

これにより「レアアースなしでハイブリッド車・低価格EVで使える性能」が実現しつつあります。

● 2. 誘導モーター(IM)向け材料の強化

テスラの旧モデルなどで採用されている誘導モーター(IM)は、そもそも磁石不要です。

プロテリアルは:

  • 巻線
  • 電磁鋼板
  • コア部材
  • 高効率放熱材料

など、誘導モーターを軽量・高効率化する素材を提供しています。

これにより、

  • 上位モデル → 重希土フリー磁石
  • 中級モデル → 粒界拡散型ネオジム磁石
  • 普及モデル → フェライト or 誘導モーター

という三階層のEV戦略(磁石×モーターのポートフォリオ)を実現できます。

プロテリアル・双日・住友金属鉱山の「3社構造」

企業名役割強み
住友金属鉱山採掘・精錬・素材化深海採掘・製錬技術
双日調達・商流・契約権益確保・物流・国際交渉力
プロテリアル加工・磁性材料・産業実装重希土削減・磁石製造・EV向け量産

住友が掘る、双日が運ぶ、プロテリアルが使う
この三者がそろって初めて、日本のサプライチェーンは「自立」します。

南鳥島レアアース泥が商業化されたとき、プロテリアルはその最終工程として極めて重要なポジションを担うはずです。

まとめ ― 日本の素材産業の“再中核”として

プロテリアルは、非上場企業でありながら、

  • EVの基幹部品である「レアアース磁石」の主要メーカー
  • 日本の経済安全保障の重要企業
  • 重希土フリー磁石という世界的ブレイクスルー技術の開発者

という3つの理由から、政策・産業界での注目度が非常に高くなっています。

南鳥島レアアース泥が商業化されたとき、そのサプライチェーンの最終工程で中心的な役割を果たす可能性が高い企業。
それがプロテリアル(旧・日立金属)です。

関連記事

住友金属鉱山(5713)― 南鳥島レアアース泥が照らす「日本の資源戦略の中核」
https://tousikaseikatu-diary.com/keizai/smm-rareearth-nanmatorishima-2026/

双日(2768)― 南鳥島レアアース泥をつなぐ「日本の資源商社」の戦略軸
https://tousikaseikatu-diary.com/keizai/sojitz-rareearth-nanmatorishima-2025/

レアアース最前線:住友金属鉱山・双日・日立金属が描く資源再編の構図
https://tousikaseikatu-diary.com/keizai/japan-rareearth-frontline-2026/

世界が減速しても日本は黒字? 円安と輸入減が生んだ“ねじれ経済”の真相
https://tousikaseikatu-diary.com/keizai/japan-current-account-surplus-vs-global-slowdown/

参考資料・出典一覧

プロテリアル(旧・日立金属)関連

レアアース・磁性材料(研究・技術資料)

EV・モーター・産業動向

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

上部へスクロール