2025年11月20日、為替市場で再び円安が加速し、ついにドル円は157円台に到達しました。
かつて「150円は異常値」と言われていた水準をあっさりと突破し、市場では「どこまで円安が進むのか」という警戒感が広がっています。
今回の円安は一時的な材料ではなく、複数の構造要因が重なり合って発生している点が特徴です。
日米金利差、企業の海外投資、貿易構造の変化、投機筋の動き、そして地政学リスク。
そのどれもが円安方向に傾きやすい環境を作り、結果として円が継続的に売られる流れを生んでいます。
本記事では、円安が157円まで進んだ理由を「5つの核心要因」から徹底分析し、さらに今後の見通しや投資家が注意すべきポイントまで深掘りします。
円安が157円に到達—何が起きているのか?
2025年に入り、為替市場では円の売り圧力が止まりません。
日本銀行がマイナス金利解除を行ったものの、その後の利上げペースは限定的で、市場には「日本は低金利を維持する」という見方が広がっています。
その一方で、米国経済は底堅く、インフレ率も高止まり。FRB(米連邦準備制度)の利下げは後ろ倒しとなり、日本とアメリカの金利差は依然として大きいままです。
この差が埋まらない限り、円が本格的に買い戻される局面はなかなか訪れません。
今回の円安は「一時的な材料」ではなく、
“複数の構造的な円売り要因が積み上がった結果” である点に注目する必要があります。
日米金利差の拡大がもたらす“構造的な円売り”
円安を語るうえで外せない最大の要因が 日米金利差 です。
為替市場では、通貨の価値はその国の金利水準に大きく左右されます。
金利が高い国の通貨は利回りが期待できるため買われやすく、反対に低金利の通貨は資金が流出しやすくなるのです。
現在の日本は、政策金利が世界でも突出して低い水準にあり、市場から見れば“資金調達に使われる通貨(=売られやすい通貨)”という位置づけになっています。
この構図が長年続いたことで、市場参加者の間には「円は基本的に売り方向」という固定的なイメージが形成されました。
短期トレーダーから年金ファンドのような長期投資家まで、さまざまなプレイヤーが円を低金利の資金源として利用し、その結果として円売りの流れが恒常化しています。
こうした背景があるため、金利差が縮小しない限り、円が積極的に買い戻される土台は弱いままです。
つまり、円安は一時的な材料ではなく、構造的な環境によって“円が売られやすいシステム”が長年かけて出来上がっているのです。
● 米国は利下げが遅れ、依然として高金利
米国ではインフレが思うように沈静化しないため、FRBは利下げに慎重になっています。
政策金利は長期にわたり高水準で、米国債は高い利回りを提供し続けています。
● 日本は利上げしても依然として低金利
日銀は2024年以降にマイナス金利を解除しましたが、政策金利は0〜0.25%にとどまり、海外主要国と比べれば圧倒的に低い水準です。
この差によって何が起きるか?
それは キャリートレード(低金利通貨を売って高金利通貨を買う取引)が増える ことです。
つまり、
円を売ってドルを買うインセンティブが市場に常に存在する状態 が続いています。
これが円安の根底を支える“構造要因”であり、短期的な材料ではびくともしません。
日本のインフレ鈍化と景気減速懸念が「円売り材料」に
実は最近の日本の物価動向そのものが、円安を誘発する新たな要因になっています。
表面的にはインフレが落ち着いているように見えますが、市場が注目しているのは「その背景に景気の弱さがある」という点です。
つまり、物価の鈍化=景気の減速シグナルとして解釈され、結果的に円売りにつながっているのです。
● コアCPIの伸びが鈍化し、景気の勢いのなさを示すシグナルに
2023〜2024年にかけて高かった物価上昇率は、2025年にかけて明確に鈍化しています。
背景には、輸入物価の調整に加え、国内需要の停滞があります。
市場は単に「物価が落ち着いた」とは見ていません。
その裏側で、
- 消費意欲の低下
- 購買力の減少
- 設備投資の抑制
など、日本経済の活力が弱まっている可能性を読み取ったのです。
CPIの低下が「景気後退の前触れ」と理解されてしまえば、投資家は円資産への投資を避けるため、円売りが強まりやすくなります。
● 賃金上昇が追いつかず、実質賃金は長期マイナス圏 → 消費の弱さが構造化
日本では名目賃金の上昇は進んでいるものの、物価の伸びに追いつけず、実質賃金は依然としてマイナス圏に沈んでいます。
実質賃金が回復しなければ、家計の購買力は改善せず、個人消費は伸びません。
個人消費=GDPの約6割を占める最重要項目です。
その消費が弱ければ企業も増産に踏み切れず、設備投資も慎重になり経済全体の成長が鈍化します。
この構図は次のように円売りに直結します。
「景気が弱い国」→「金融引き締めができない」→「金利が上がらない(=円は買われない)」
物価・賃金・消費の三つが弱いままでは、日銀も積極的な利上げに踏み切れません。
そのため、海外との金利差は縮まらず、円安がさらに加速する土俵が整います。
高市政権との意見の相違が取り上げられがちですが、現状での利上げが難しいというのも事実なのです。
● 景気後退懸念 → 円が“安全通貨”としての地位を失い始めている
かつての円は、世界市場で「リスクオフ時に買われる安全通貨」とされていました。
しかし近年は状況が変わりつつあります。
理由は以下の通りです。
- 日本経済の成長力が低下
- 財政赤字が巨額で持続性に不安
- 国力としてのプレゼンスが相対的に低下
- 金利をほとんど上げられない金融制約
これらが重なり、世界の投資家にとって
“円に逃げ込む理由が弱まっている” のです。
そのため、リスクオフ局面で資金が向かうのはドルやスイスフランであり、円は選ばれにくくなっています。
「景気が悪い国だからむしろ円は売られる」
という、かつてとは逆の構造さえ生まれつつあるのです。
その結果、地政学リスクや株価急落があっても円が買われず、むしろドルが買われてさらに円安が進む
という現象が頻発しています。
厳しい言い方をすると、円を買う魅力や理由自体がなくなっているのです。
企業の海外投資・M&Aが増加し、円売り需要が強い
日本企業は近年、海外への投資活動を加速させています。
● EV・半導体・AI分野で海外投資が活発
・トヨタ、日産などの北米EV工場投資
・ソニー、村田製作所などの半導体事業強化
・商社による米国インフラ投資・資源投資の増加
これらは ドル建てで資金を用意するため、大規模な“円売り・ドル買い”が発生 します。
● 配当・利益還流のドル需要も大きい
海外子会社の利益還流や配当支払いも、多くがドル建てで行われます。
つまり、
日本企業がグローバル化するほど、円売りが継続する構造 が出来上がっているのです。
「貿易赤字」定着という新しい円安要因
日本は長年、貿易黒字国としての地位を保ってきましたが、
近年は エネルギー価格高騰と生産拠点の海外移転により貿易赤字が常態化 しています。
● 原油・天然ガスの輸入が依然として重くのしかかる
円安が進むとエネルギー輸入価格が上昇するため、日本の輸入額は膨らみやすくなります。
国際的には原油・天然ガスの価格は一時期より落ち着いたように見えますが、依然として高水準であり、輸入金額が大幅に下がる状況ではありません。
エネルギー自給率が極めて低い日本では、
燃料価格が高い=貿易赤字が増えやすい体質
が続いているのです。
● 国内生産の縮小 → 輸出数量は伸び悩み
日本企業の多くは生産拠点を海外へ移し、輸出に頼らないビジネスモデルへと転換してきました。
この「製造業の海外移転」が進んだことで、輸出数量は長期的に伸び悩んでいます。
海外で生産された商品は日本から輸出されないため、
円安になっても輸出が増えにくい構造
が形成され、日本の貿易収支は改善しにくいままです。
● 中国の海産物輸入規制が追い打ちをかけ、輸出の回復を妨げる
2023年以降、中国が日本産の水産物を事実上全面的に輸入停止とした影響は、2025年に入っても尾を引いています。
特に以下の産業でダメージが大きくなったのです。
- ホタテ・サーモンなどの水産加工品
- 水産物の輸送・保冷物流
- 水産加工企業の関連業者(包装、冷凍設備など)
日本の水産物は長年、中国向けが最大輸出先であり、
輸出が急減したことで貿易収支に直接的なマイナスが発生しました。
さらに、加工後の再輸出(中国で加工 → 世界へ)のサプライチェーンも崩れ、
水産関連の輸出全体が弱含みのままです。
これが貿易黒字化の足枷になり、円が買い戻される材料を減らす一因になっています。
● 観光のインバウンド復活でも埋めきれない
円安で観光需要は好調ですが、貿易収支全体を改善するほどの規模ではありません。
更に、高市早苗総理による「台湾有事と存立危機事態」発言に、習近平国家主席率いる中国が、高圧的な反発の度を一段と強めました。
中国外務省が日本への渡航自粛を呼びかけたのに続き、中国教育省は日本への留学に慎重を期すよう注意喚起。
その上、中国文化観光省が日本への旅行自粛を重ねて呼びかけるなど、中国は「日本の治安が悪化している」との「虚偽情報」に基づく報復措置をエスカレートさせているのです。
これにより、観光業界他ホテルや旅館のキャンセルが相次ぎ、その不安材料が円安に拍車をかけた形になります。
つまり、「恒常的な貿易赤字=継続的な円売り要因」という悪循環が生まれているのです。
投機筋(ヘッジファンド)による円売りポジションの積み上がり
短期的な円安加速の引き金になったのが投機筋の動きです。
● CFTC(米商品先物取引委員会)のデータ
投機筋の円売りポジションは2025年に入り過去最大級に積み上がっています。
● AIアルゴリズムによる高速売買
AIトレードはトレンド追従型が多く、155円突破のような節目を割ると売りを加速しやすい特徴があります。
事実、
155円 → 156円 → 157円
という上昇は、アルゴリズムの自動売買が流れを増幅したと見られます。
日銀が為替介入を躊躇する理由
円が急速に売られても、日本政府や日銀は簡単には為替介入に踏み切りません。
理由は単純ではなく、“政治的・経済的・国際的な制約”が複合しているためです。
介入が現実的に難しい背景を整理してみましょう。
● 介入の効果は“一時的”で、根本要因を変えられない
過去のドル円介入を振り返ると、円高・円安どちらの局面でも、
介入後に数週間〜数ヶ月で相場が元のトレンドに戻るケースがほとんどです。
理由は明確で、
- 金利差
- 景気
- 貿易収支
- グローバルな資金移動
といった「根本要因」は介入では変えられないからです。
そのため、政府側としても「本当に必要な局面」でない限り、
大量の外貨準備を使ってまで市場に介入するメリットが薄いと判断します。
● アメリカの了承(黙認)が必須で、現状ではハードルが極めて高い
日本の為替介入、特に「ドル売り・円買い介入」は、
単独で勝手に実施できるわけではありません。
アメリカ財務省の承認、もしくは“黙認”が事実上必要になります。
なぜかと言うと――
① 日本の介入は「ドル売り」=アメリカのインフレを悪化させる
日本が介入すると、
- 日本:円買い
- アメリカ:ドル売り
となり、ドル安方向に力が働きます。
ドル安はアメリカにとって、輸入物価を押し上げ=インフレを悪化させる要因。
いまアメリカは高インフレと戦っているため、「ドル安になる介入」は歓迎されず、むしろ迷惑です。
② アメリカは「市場に任せるべき」という原則を持っている
アメリカ財務省は一貫して
→「市場原理に基づく為替レートが望ましい」
という立場です。
他国が市場に介入すること自体を嫌います。
③ 市場が混乱していない限り、アメリカが容認する可能性は低い
過去にアメリカが容認したのは、
- フラッシュクラッシュ
- 投機的な暴走
- 国際金融市場の不安定化
といった“異常局面”だけ。
現在の155〜160円の円安は、
需給に基づいた“正常な市場の動き”とアメリカがみなしているため、
黙認が得られにくい状況にあります。
● 実効為替レートで見れば「輸出企業に有利」=介入の動機が弱い
名目レート(157円)だけを見ると円安は深刻に思えますが、日本政府が参考にする「実効為替レート(REER)」では、円はすでに過去最低水準の割安です。
ただし、この「割安」は必ずしも悪い意味ではありません。
- 日本企業の輸出採算は極めて良好
- 外国人観光客が押し寄せ、旅行収支は黒字
- 日本株が世界的に買われやすくなる
など、経済全体としてはメリットも多い状態です。
そのため政府としても、「今すぐ円高に戻さなければいけない」ほどの危機感が薄いのが実態です。
輸出企業を中心に業績は好調で、日本経済全体にとっては“円安メリット”がまだ上回っていると判断されているのです。
※ここで注意すべきは上の項目で述べた「貿易赤字」定着という新しい円安要因の内容と、日本企業の輸出採算は極めて良好というのが矛盾しないことです。
✔ 貿易赤字 → 円売り要因(悪材料)
✔ 企業利益増・株高 → 円安メリット(“困ってない”材料)
現在の日本はこのようなねじれ現象が起こっているので、ややこしい。
今後の見通し:円安のピークはどこに来るのか?
総合的に見て、2025年前半は
155〜160円の広いレンジでの推移が中心となる可能性が高い
と判断されます。
● FRBが利下げを開始するまでは円高材料は少ない
● 日銀は追加利上げを急がず、金利差は縮まらない
● 海外投資が多く、企業のドル需要は強い
● 投機筋の円売りが継続しやすい
これらを踏まえると、少なくとも**“当面は円安トレンドが続く”**というのが現実的なシナリオです。
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https://media.rakuten-sec.net/articles/-/50712 トウシル 楽天証券の投資情報メディア - マネックス証券「『対米輸出減で円安』は本当か」
https://media.monex.co.jp/articles/-/27699 モネックス証券 - RIETI(独立行政法人経済産業研究所)「アベノミクスと円安、貿易赤字、日本の輸出競争力」
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/14j022.html rieti.go.jp - 『世界が減速しても日本は黒字? 円安と輸入減が生んだ“ねじれ経済”の真相』 — https://tousikaseikatu-diary.com/keizai/9/
- 『米ドル“ひとり勝ち”とアジア株上昇の理由:次の市場テーマを読む』 — https://tousikaseikatu-diary.com/keizai/11/
- 『利上げせずに円高へ?高市政権が描く経済シナリオ』 — https://tousikaseikatu-diary.com/keizai/13/
