貿易赤字と円安メリットはなぜ同時に起こるのか?

― 日本経済に広がる“ねじれ構造”を読み解く ―

「日本は貿易赤字が続いているのに、企業利益や株価はむしろ過去最高」
「実効為替レートは歴史的な円安だが、なぜ国全体は破綻していないのか?」

一見すると矛盾したニュースが並びますが、実はこれらはまったく別の領域の指標が動いているだけで、互いに矛盾していません。
むしろ、**貿易赤字の悪材料と円安メリットが同時に存在する“ねじれ経済”**こそ、2020年代の日本の姿です。

ここでは、「なぜ矛盾しないのか」「日本経済の構造がどう変化したのか」を整理し、今の為替と経済がどうリンクしているのかをわかりやすく解説します。

■ なぜ矛盾しないのか?

理由はシンプルで、
「貿易収支(モノ)」と「企業収益・投資収益(カネ)」はまったく別の指標だからです。

① 「貿易赤字の定着」は“モノの収支”の話

現在、日本は慢性的な貿易赤字です。
主な原因は以下の通り。

  • エネルギー輸入の増加
  • 輸出企業の海外移転
  • 中国の海産物規制
  • 円安による輸入額の押し上げ

つまり、日本国内を出入りする“商品ベースの収支”だけを見るとマイナス
これが「円売り要因」「円安圧力」になります。

② 一方の「実効為替レートで輸出企業に有利」は“カネの収支”の話

実効為替レート(REER)は、
通貨価値を国際比較して“どれほど割安か”を示す指標

REERが安い(=日本が相対的に安い)と、

  • 海外売上を円換算すると利益が膨らむ
  • 外国人観光客が増える
  • 外国投資家に日本株が割安に見える

など、企業収益・投資・観光で円安メリットが強く出るのです。

日本の産業構造が変わったことで“正反対の動き”が成立

1980〜2000年代の日本は輸出立国で、「貿易黒字=企業の利益」という構造でした。

しかし今は、

  • 生産の中心は海外
  • 利益の中心も海外
  • 日本に戻る利益=第一次所得収支(資本収支)が巨大黒字

という構造に変化。

つまり、

貿易(モノ)では赤字
企業利益(カネ)では黒字

という“ねじれた”状態が生まれたわけです。

日本の“ねじれ経済”とは?

ここからが重要な核心部分です。

2020年代の日本は、従来の経済ロジックでは説明しにくい
「モノは赤字・カネは黒字」「家計は苦しい・企業は最高益」といったギャップが同時に起きています。
これが “ねじれ経済(Twisted Economy)” と呼ばれる現象です。

【特徴①】貿易赤字なのに経常収支は黒字

  • 貿易収支 → 赤字
  • 海外子会社の利益・投資利回り → 過去最大の黒字
    → 経常収支は安定した黒字

日本は
「モノで負けても、カネで勝つ」構造に移行しました。

【特徴②】円安で損をする部門と得をする部門が真逆

円安はデメリットとメリットが極端に分かれます。

● 円安で苦しむ

  • エネルギー輸入
  • 食品企業
  • 中小製造業
  • 家計(物価高)

● 円安で得をする

  • 大手輸出企業
  • 観光業
  • 日本株(海外勢に割安)
  • 海外投資家

円安は「全国民が損する」という単純な話ではなく、
産業間で明確に“勝ち負けが分かれる”のが現代日本です。

【特徴③】企業利益の主役が完全に“国内→海外”へ

今の日本企業は、

  • 工場
  • 研究開発
  • 販売
    すら海外が中心。

結果、企業の利益源泉=海外事業(資本収支)となり、国内の貿易状況とはほぼ連動しなくなりました。

【特徴④】モノは赤字・カネは黒字の二重構造

貿易赤字(モノ)  
第一次所得収支が巨大黒字(カネ)

という二重構造で国が回っています。
これは世界的にもレアケースですが、日本の強みでもあります。

【特徴⑤】株高・円安・貿易赤字が同時に成立

これまで「貿易赤字=株安・円安」という構図が一般的でした。

しかし今は、

  • 貿易赤字
  • 株高
  • 円安
  • 経常黒字
  • 大企業は史上最高益

という組み合わせが成立します。

背景はもちろん、企業利益の出どころが国内ではなく海外だからです

【特徴⑥】家計は苦しいのに企業は絶好調という“二重景気”

  • 家計 → 物価高でマイナス
  • 企業 → 円安で超プラス

というギャップが顕著です。
政策課題としても重要なテーマになっています。

日本は破綻しないのか? → 経常収支を見ると答えは明確

経済の安定性を判断する重要指標は「経常収支」です。

日本の現状

  • 貿易赤字:マイナス
  • 第一次所得収支:圧倒的なプラス
    → 合計は黒字
    → 国全体のお金は“増えている”

「円安で日本が破綻する」という議論は、この構造を理解していない誤解といえます。

まとめ:2020年代の日本は“海外収益立国”として動いている

もう一度整理すると――

  • 貿易赤字 → モノは弱い
  • 企業利益 → 海外で稼ぐカネが強い
  • 円安 → 家計は苦しいが企業は追い風
  • 経常収支 → 黒字で国は安定
  • 株高・円安・貿易赤字が同時成立

つまり現代日本は、
“輸出立国”から“海外収益立国”へと進化した国です。

この“ねじれ構造”を理解しておくと、円安・株高・物価上昇・企業収益といったニュースが一気につながって見えるようになります。

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