
日本の医療は、いま大きな転換点に差しかかっています。
高齢化の進行によって医療需要は年々増加する一方で、医師や看護師など医療従事者の数は十分に増えていません。
さらに医療費は国の財政を圧迫し続けており、従来の医療体制をそのまま維持することは難しくなっています。
こうした状況の中で注目を集めているのが、「デジタルヘルス企業による医療DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。
ITやAI、データ活用によって医療の効率化や高度化を図り、限られた医療資源で質の高い医療を提供することが期待されています。
ただし、デジタルヘルスと一口に言っても、その中身は多種多様です。
医療機関向けのシステムを提供する企業もあれば、個人向けアプリを展開する企業、さらには「治療そのもの」をデジタル化しようとする企業も存在します。
本記事では、国内デジタルヘルス企業の中から代表的な3社を取り上げ、
事業モデル・収益構造・投資視点という3つの切り口から比較・分析していきます。
医療DXの本命はどこにあるのかを、企業研究の視点で整理していきましょう。
デジタルヘルス企業を比較する3つの視点
デジタルヘルス市場は成長分野として注目されていますが、すべての企業が同じように成長できるわけではありません。
表面的な技術力や話題性だけを見てしまうと、事業の実態や将来性を見誤る可能性があります。
特に医療分野では、
- 規制の厳しさ
- 導入までに要する時間
- 医療機関・患者双方の慎重な姿勢
といった要因が複雑に絡み合うため、一般的なIT企業と同じ基準で評価することはできません。
そこで今回は、デジタルヘルス企業を比較・分析するにあたり、事業の持続性と成長性を見極めるための3つの視点を設定します。
これらの視点を押さえることで、
「どの企業が一時的なブームに乗っているのか」
「どの企業が医療DXの中核として生き残る可能性が高いのか」
を、より立体的に判断できるようになります。
まずは、最も重要となる事業モデルの違いから見ていきましょう。
① 事業モデル(誰が、何に対して、いくら払うのか)
- 誰が顧客なのか(医師・病院・企業・個人)
- どのサービスに対して対価を得ているのか
- 一度きりの収益か、継続課金か
デジタルヘルス分野では、事業モデルの設計が企業の命運を左右します。
医療分野は特に規制が厳しく、サービスの導入にも時間がかかるため、安易に個人課金モデルを採用すると継続率が低下しやすくなるのです。
一方で、医療機関や製薬企業、保険会社などを顧客とするモデルは導入までのハードルが高い反面、一度契約を獲得すれば長期収益につながりやすいという特徴があります。
事前のモデル設定がより重要な業界となるわけです。
② 収益の安定性と成長余地
- サブスクリプション型かどうか
- 顧客単価は上げられる構造か
- 市場拡大とともに売上が伸びるか
投資や企業研究の視点では、「成長率」だけでなく「安定性」も重要です。
デジタルヘルス企業の中には利用者数は増えていても、収益化が追いついていないケースも少なくありません。
そのため、成長スピードと同時に、将来的に利益を生み続けられる構造かどうかを見る必要があります。
③ 医療データと規制対応力
- 医療データをどれだけ保有・活用できるか
- 個人情報・医療法への対応体制
- 規制変更に耐えられるか
医療分野では、データの価値が非常に高い一方で、扱いには厳格なルールが求められます。
そのため、データを集められるだけでなく、安全かつ合法的に活用できる体制を持つ企業が強みを持つのです。
比較対象となる国内デジタルヘルス企業3社
デジタルヘルス市場は一見すると同じ方向を向いて成長しているように見えますが、実際には企業ごとに果たしている役割や立ち位置は大きく異なります。
医療DXという共通テーマのもとであっても、どこに価値を見出し、どの領域で収益を上げようとしているのかによって、事業モデルやリスク構造はまったく変わってくるのです。
そこで本記事では、国内デジタルヘルス企業の中から、異なる戦略とポジションを持つ3社を比較対象として取り上げます。
- エムスリー(M3):医師ネットワークを武器に、医療業界のインフラを担う企業
- MICIN:医療現場に直接入り込み、デジタル医療を実装する企業
- CureApp:治療そのものをデジタル化し、新たな医療モデルを切り開こうとする企業
これら3社を並べて分析することで、デジタルヘルス市場がどのような構造で成り立っているのか、
そしてどのタイプの企業が今後生き残りやすいのかを、より立体的に理解することができます。
以下では、それぞれの企業について、事業モデル・強み・弱みを整理しながら、医療DXにおける役割を詳しく見ていきます。
エムスリー(M3):医療プラットフォームの王者
- 医師向け情報プラットフォームを中核に展開
- 製薬企業向けマーケティング支援が主な収益源
- 国内外で事業を展開するグローバル企業
エムスリーの最大の強みは、圧倒的な医師会員数によるネットワーク効果です。
医師が集まる場所に製薬企業や医療関連企業が集まり、広告・情報提供という形で安定した収益が生まれています。
一方で、医療DXの「現場改革」という点では、直接医療行為を変える立場ではありません。
そのため、成長率は以前ほど高くないものの、安定収益を生み続けるインフラ企業としての評価が妥当でしょう。
MICIN:オンライン診療を実装する現場型企業
- オンライン診療・医療ITサービスを展開
- 医療現場への導入実績を重視
- 実務に強いスタートアップ
MICINは、理論や構想よりも「実際に医療現場で使われること」を重視しています。
オンライン診療やデジタル医療の普及において、現場ノウハウを蓄積している点は大きな強みです。
一方で、収益モデルはまだ発展途上であり、黒字化やスケール化が今後の課題となっています。
成長期待は高いものの、投資視点ではリスクも意識する必要があるでしょう。
CureApp:治療をアプリ化する挑戦者
- デジタル治療(DTx)を手がける
- 生活習慣病などを対象
- 医薬品に近いビジネスモデル
CureAppは、医療アプリを「補助ツール」ではなく、治療そのものとして提供しようとする企業です。
診療報酬に組み込まれれば、高付加価値ビジネスになる可能性があります。
一方で開発コストが高く、対象疾患も限られるため、ハイリスク・ハイリターン型の企業と言えるでしょう。
投資視点で見るデジタルヘルス企業の評価ポイント
デジタルヘルス企業は、技術革新のスピードが速く、ニュース性も高いため、短期的には株式市場やメディアで注目を集めやすい分野です。
しかし、医療という分野の特性上、短期評価と中長期の企業価値は必ずしも一致しません。
そのため、投資や企業研究の視点では、いくつかの重要な評価軸を意識する必要があります。
短期では話題性やユーザー数が評価されやすい
- 新しい医療アプリやサービスの発表
- 利用者数や導入医療機関数の増加
- AIやデジタル治療といったキーワード性
デジタルヘルス分野では、新技術や新サービスが登場すると、市場の注目が一気に集まる傾向があります。
特にBtoC型のサービスでは、ユーザー数の増加が分かりやすい指標となり、短期的な評価につながりやすい点が特徴です。
ただし、利用者が増えても利益が出ていないケースも多く、話題性だけで企業価値を判断することには注意する必要があります。
中長期では「誰が継続的に支払うか」が重要
- 医療機関が契約主体になっているか
- 製薬企業・企業・保険組合が支払者か
- 個人課金に依存しすぎていないか
医療分野では、個人が長期的に課金を続けるモデルは成立しにくい傾向があります。
一方で、医療機関や企業、保険関連組織が支払者となるモデルは、契約が長期化しやすく、収益が安定しやすい特徴もあるのです。
そのため、投資視点では
「最終的に誰がお金を出し続ける構造になっているのか」
を明確にしている企業ほど評価しやすいと言えるでしょう。
規制とどう向き合っているかを見る必要がある
- 医療法・個人情報保護への対応
- 診療報酬改定の影響
- 規制変更時の柔軟性
繰り返しになりますが、医療分野は規制と切っても切り離せない領域です。
規制を単なる「障壁」と捉えるのではなく、規制を前提に事業を組み立てられているかどうかが、企業の持続性を左右します。
特に、規制対応を後回しにしている企業は、将来的に成長が止まるリスクを抱えやすい点に注意が必要です。
支払者が明確な企業ほど安定しやすい
- BtoB・BtoBtoCモデルが中心か
- 契約更新率が高いか
- 医療・保険制度に組み込まれているか
医療DXにおいては、「誰が使うか」よりも「誰が支払うか」の方が重要になる場面が多くあります。
支払者が明確な企業ほど、景気変動やトレンドの影響を受けにくく、安定した事業運営が可能になるのです。
医療DXの本命はどこか?勝ち組シナリオの整理
デジタルヘルス市場は拡大が続く一方で、一社がすべてを独占する構造にはなりにくいと考えられます。
医療という分野の性質上、複数の企業が役割を分担しながら市場を形成していく可能性が高いためです。
ここでは、今回取り上げた3社をもとに、勝ち組シナリオを整理します。
安定重視ならエムスリー
- 医師ネットワークという強固な基盤
- 製薬企業向けマーケティングという安定収益
- グローバル展開による事業分散
エムスリーは、医療DXの「基盤インフラ」を担う企業としての立ち位置を確立しています。
急成長は期待しにくいものの、長期的に安定した収益を生み続ける可能性が高い企業と評価できるのです。
安定性を考えれば、最もおすすめの企業と言えます。
成長期待ならMICIN
- 医療現場への実装力
- オンライン診療の普及余地
- 医療DX進展による追い風
MICINは、医療DXが本格化する局面で、成長余地が大きい企業です。
一方で、収益モデルの確立やスケール化が課題であり、成長とリスクが表裏一体の段階にあると言えるでしょう。
技術革新狙いならCureApp
- デジタル治療(DTx)という新領域
- 診療報酬に組み込まれる可能性
- 医薬品に近い高付加価値モデル
CureAppは、医療のあり方そのものを変える可能性を秘めています。
成功すれば大きなリターンが期待できる一方で、開発・規制リスクも大きく、ハイリスク・ハイリターン型の企業です。
技術革新を期待しての成長株として持っているのがおすすめでしょう。
【まとめ】デジタルヘルス市場の今後と本質的な成長軸
デジタルヘルス市場は、短期的なトレンドや技術ブームとして語られることが多い分野ですが、その本質は一過性の流行ではありません。
高齢化の進行、医療人材の不足、医療費の増大といった構造的な課題を背景に、医療そのものの仕組みを変えていく長期テーマとして位置づけられているのです。
今後の医療DXは、特定の企業が市場を独占する形ではなく、複数の企業がそれぞれ異なる役割を担いながら進展していく可能性が高いと考えられます。
医療プラットフォームとして業界の基盤を支える企業、医療現場への実装を担う企業、そして治療のあり方そのものを変えようとする企業が、それぞれの立場で市場を構成していく構造です。
こうした中で最終的に競争優位を築きやすいのは、医療データを継続的に扱うことができ、なおかつ規制や制度の枠組みの中に事業を組み込めている企業といえます。
医療分野では、単に優れた技術を持っているだけでは十分ではなく、制度や規制とどのように向き合い、持続的な収益モデルを構築できるかが企業価値を左右するのです。
投資や企業研究の視点においては、目先の話題性やユーザー数の増加だけに注目するのではなく、制度と構造の中でどのように成長していけるのかを見極めることが重要になります。
その企業の事業モデルが、5年後、10年後の医療の現場に自然に組み込まれているかどうかを想像する視点が求められます。
デジタルヘルスは、医療構造を根本から変える可能性を秘めた分野です。
医療DXの本命は、すでに派手な形ではなく、静かに、しかし着実に形を成しつつあります。
